ページ

ラベル 感謝 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 感謝 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年10月25日火曜日

ありがとうノート【完結編】

お待たせしました!

え?待ってない?まあいいや。

前回の続きを書きます。
「ありがとう」の気付きの3段階の話。

ありがとうノートを書いてるとですね、
自然と感謝が沸いてくるなんてのは
僕にとっては嘘っぱちであり、真実です。

ただ、書き始めはいつも
「残り何行?」
「何でこんな事してるんやろ?」
「しかし手痛いわ」
「ネテロは感謝の正拳突き一日1万回とかすげえな」
「30分で1頁やから今日は3頁ぐらいいけるかな?でもしんどいしな~」
「ご飯何食べよかな?」
「あの仕事ああやってこうしよ。」

ってな具合で雑念というか思考の波に飲み込まれています。

しかし、「ありがとう」がある臨界点を超えると感謝が溢れ出す瞬間があります。
それは自分にとって異次元からの贈り物でした。

【第一段階】
「周り(外側)への感謝」

ここは読んでくれてる人も結構想像つきやすいと思います。
まあ、第一段階ですからね。
「ありがとう」を2頁ですから600個ぐらい書いてるとやってきました。

まずこのノート、書いてるシャーペンや鉛筆、それらを作ってくれた人や資源。
日頃お世話になっている人、なってない人、自分の周りにある人、物、環境へと
自分の「外側」へと感謝が広がっていきます。
そうなると、「ありがとう」を書きながら自然と自分の口で「ありがとう」と言っています。
結構気持ちいい状態です。
でも手は痛いです。

【第二段階】
「自分(内側)への感謝」

「ありがとう」と言いながら「ありがとう」を書き続けていると次なる段階がやって来ます。
それが「自分感謝」です。
これは28頁でしたから、合計約8,400個ありがとうを書いた時でした。

ここからの第二段階、第三段階の気付きは僕の感性での気付きなので、興味があれば読んで下さい。
理解が欲しくて書いてるわけではなく、こればかりは体感しないとわからないと思います。
同じ体感をした人に向けて書きます。
ただ、共有出来るならばこの上なく幸甚です。

自分への感謝は
まず、そもそも「自分」がいるからこそ感謝が出来る、感謝が存在するという自覚からやって来ます。
だから自分の存在は当たり前ではない、自分に感謝しよう、それが何においても一番にすることだと感じるのです。
そして自分を抱きしめます。
(物理的に、両手で逆の肩を優しく包みます。そうしたい衝動がやってくるのです。自分で自分をハグしてみると
結構自分の手があったかい事に気付きます。)
これは自分に対しての「ありがとう」です。

自分に対して「ありがとう」を捧げます。
今まで「自分」批判ばっかで否定して、不安がらせてごめんなさい。
勝手に比べてな。

「ありがとう」
自分が自分を信じて感謝するよ。
安心してな、もう離せへん。

自分へのありがとうが才能を開く。

自分の存在をとてつもなく愛おしく、そして心強く感じます。

そして、今まで自分が書き続けていた「ありがとう」が
全て自分に向けられていることに気が付きます。
これを祝福と言わず、何を祝福というのでしょうか。

それに対して僕はまた言います。

「ありがとう。」

【第三段階】
「ありがとうとの一体化」

「ありがとう」と言いながら「ありがとう」を自分の外側、内側に
向けて書いているとある”音”に気が付きます。
この気付きは48頁「ありがとう」を書いた時なので、ありがとうを
合計約14,400個書いた時でした。

その音は自分が字を書いている時に出ている微かな”音”なのです。
「シャ、シャ、シャーシャ、シャ」
その日は家の机で、静かな環境で書いていました。
今まで音楽を聞きながらや、カフェで書いていたりしたので
その環境ではこの”音”は絶対に聞き取れませんでした。

その”音”とてつもなく心地いいのです。
いつの間にか僕はその”音”が聞きたくて「ありがとう」を書くようになっていました。

それをずっと続けていると不思議な事が起こります。
字を書く”音”自体がいつしか「ありがとう」と聞こえ出したのです。
字を書く”音”で「ありがとう」と奏でるとでもいいましょうか。

自分で書きながら同時にその”音”で受け取るという状況です。
「ありがとう」という字を書くと同時に「ありがとう」という文字が
生まれてその文字に感謝されているように感じる。

そして、今まで書いた「ありがとう」が常に存在して全てと共鳴している凄いパワーを感じるのです。
僕はマインドではなく「ありがとう」という音と一体化していきます。
それで僕はその音に奏でられるまま、「ありがとうノート」を最後まで奏で上げました。
一日で14頁書ききったのです。
今までの僕のペースではそれは文字通り神がかったスピードと量でした。

『ありがとうは書くものではなく、奏でるものである』

以上、まとめるとありがとうノートを一冊書いたことで
①自分の外側への感謝の拡張
②自分の内側の自分自身の存在への感謝
③感謝との一体化、感謝の発信、受信の同時進行

という3つの段階の気付きがありました。

「ありがとうノート」
また書くかもしれないし、もう書かないかもしれない。

「ありがとう」

さて、読んで頂いてありがとうございます。

大悟

2011年10月24日月曜日

ありがとうノート

ありがとうノートって聞いたことありますか?

よくあるのが、
その日感じた「ありがとう」をノートに
記録していこうっていうやつです。

○○さんが□□してくれた⇒ありがとう
雨が降って花に水やりしなくて済んだ⇒ありがとう

てな具合です。
ノートを振り返るとこの世は感謝だらけ☆
いや~実に素晴らしいですね。

私も何度か試みたことがありますが
まあ一週間もすればしなくなります。
続きません。
とてもめんどくさくなるのです。
そして都合よく僕の記憶と意識から消えいってくれます。

今回のブログの「ありがとうノート」は
私が初めて「一冊丸々」達成したノートです。
この「一冊丸々」がポイントです。

これはその日感じた「ありがとう」を書いてノートを埋めていこうという
ロマンチックなものではございません。

ノート一冊全部「ありがとう」の文字で全て埋め尽くすのです。

これは僕が敬愛する須藤元気さんが著書の中で

”ノートを一冊買ってきて、
「一冊を全部『ありがとう』 で埋めたら、絶対に何かいいことがある」
と思いながら、 それを実行したこともある。
すると書き終わった二日後、CMの契約が一本決まり本当に驚いたものだ。”

これを実践してみました。
しかし、言うは易し、行うは難し。

取りあえず、やってみたことを数値だけで見ますと

【ノートのスペック】
セミB5ノート(30行、30枚(60頁))
会社にあった普通のコ○ヨのノートです。

【時間軸】
1頁目を埋めたのが2011年2月6日(日)
60頁目を埋めたのが2011年10月23日(日)
(9か月強)

【文字数】
1行当たり書ける「ありがとう」約10個×30行×60頁
=約18,000ありがとう

1頁を書き終わるのにだいたい30分。
(但し手のコンディションがベストの時、
書き続けると手の甲が悲鳴を上げます)

ここまで書くと60頁やったら1日30分で毎日書いたら、
2か月で終わるやんって思う方もいらっしゃるでしょう。
勿論そうですが、上述の通りだいたい1週間で飽きる人間なんで。
それが出来たら真剣ゼミの漫画の主人公的な学園生活を送っていたはずです。
ええ、僕の学園生活は真逆でした。

まあ、僕の学園生活と数値的なことはもういいでしょう。
散々書いて何が言いたかったかというと、
「ノート1冊ありがとうで埋めるのはかなりしんどい。」
ってことだけです。

前段が長くなりました。
実際に書いていく中で「ありがとう」への気付きが3段階ありましたので
そちらを書くのが今回の目的です。
そしてその気付きのお陰で僕はありがとうノートを書き切ることが出来たのです。

おっと!しかしやれやれどうやら、今日はお別れの時間が来てしまったようです。

この続きは次回「ありがとうノート【完結編】」でお会いしましょう。

今現在まだCMの契約は決まっていません。

読んで頂いてありがとうございます。

大悟

フォロワー